livedesuのブログ

りべといいます。ぷよぷよやテトリスを主なタイトルとするゲーマーです。

通リーグレート3018達成!live式ミッドレンジ新GTRの紹介

ぷよぷよ最強プレイヤー決定戦優勝者、live選手の使用するデッキです。

live選手はこのデッキでぷよぷよクロニクル通リーグレート3018を達成しています。

 

 

フォロワー

 

スペル

  • 全消し*2
  • ヘルファイア*3
  • 割り込み*2
  • 小カウンター*1
  • 被せ本線*2
  • 多重合体*2
  • 飽和本線*2
  • 鎖錠の楼閣*2
  • 鎖錠の領域*3

 

 

 

◆序盤の安定度を高める

土台フォロワーを多く採用し、マリガンでの事故率を極力減らしています。

新GTR、贅沢GTR、弥生時代はもちろん、パーツとして優秀なGTRやかまいたちも序盤から出していって構いません。

また、フェイスやアグロ対策に全消しスペルを2枚積んであります。

新GTRを3積みしている理由は、土台として及第点のスタッツと戦闘展開の簡易化の天秤取りです。

できる限り先手を取り終盤前に仕留めることを目的としているので、自陣が複雑化することはデッキコンセプトにそぐわなくなります。

 

 

◆中盤の入りはまず威嚇する

土台の上にDT砲、鼠返しなどをマナカーブ通り置けた場合、3積みしているスペルのヘルファイアが活きてきます。

フェイス以外の相手に対して最速の警戒を強いることとなるので、相手もフォロワーの展開のさせ方を考えてくるでしょう。

リーサルへの道筋が見えるのであればここで仕掛けてしまっても構いませんが、

ここで組換スペル『鎖錠の領域』でフォロワーを変化させ、一気に盤面を取ってしまうという強烈な狙い筋があります。

相手に強制的に2択を迫り、適切な対処で有利を広げましょう。

 

 

◆中盤の終わり際から畳み掛ける

余った土台フォロワーや変形鍵を組み合わせながら、多重合体などのスペルで盤面を強化していき十分なリソースを確保したら攻めに転じます。

ヘルファイア→割り込みやヘルファイア→被せ本線などは、ミッドレンジの王道勝ちパターンです。

大きく崩してなお足りないケースの場合、ディスカードスペル『鎖錠の楼閣』で顔面を直接殴り返してリーサルを取りましょう。

先にも述べた通りこのデッキは、自陣の展開を極力簡易化することによって、とにかく判断と手札の回転スピードを上げています。

その分相手のプレミを見逃さないように努め、勝利のカギを差し込んでいきましょう。

 

 

◆終盤に突入してしまった場合

仕掛ける隙がなく、終盤に突入してしまうこともままあると思います。基本的にはブーストした飽和本線で対処しましょう。

尾マルチやデアリスなどの大型フォロワーを置き、そのまま飽和本線を撃つムーブも十分強力ですし、

多重合体や『鎖錠の領域』で第二折までブーストした飽和本線ならばコントロールの火力にも対抗できます。

万が一押し負ける展開があっても、その頃にはまず引いているであろう『鎖錠の楼閣』があれば逆転の目も見えます。

広レンジにおける勝ち筋の多彩さも、このデッキの安定感を高める一つの特徴です。

 

 

◆まとめ

レート戦用ということで、今回の構築は相手へ処理を押し付けることをメインとしたデッキとなりました。

短期戦は恐怖から互いに先手を取りたがる傾向にあるため、選択肢一つ一つのバリューの高さがものを言うでしょう。

実際に運用する際には、こっそりヘルファイアの数を減らして長連対応を積んだ後打ち型や、

カウンター系の数を増やして相手に先手を取らせる後の先型など、各パーツにより戦略の幅を拡張させることが可能です。

それぞれの得意とするスタイルに合った様々な形を試してみるのが良いでしょう。

ゲームと義務感

そこそこ前の話になるが、

久しい知己と飲んだ時、ぷよぷよの話になってこう言われたことがある。

「ゲームなんだから、やりたくないときはやらなきゃいいじゃないですか」

 

 

ぱっとその言葉を投げかけられた時、

(そんなに無責任なことを言うな)という感想を持つ自分と、

(そりゃ当然だしそうあるべきだ)という感想を持つ自分が同居していた。

 

彼も別に嫌味を言いたかったわけではなく、

元はと言えば私がおどけて仰々しく、”ぷよぷよを大変そうにやっている素振り”を見せたのがいけなかった。

彼は彼なりの心配の気持ちを込めて、肩の荷を下ろそうとしてくれたのだ。

 

それでも私はその時、内心ムッとしてしまった。

かつて彼もまた、ゲームにおいてランカーと呼ばれる存在であり、

そんな彼の立場から出た言葉が、ゲーマーの矜持のようなものとかけ離れていたからだ。

 

かといって、もう我々は言葉や態度を荒立てる程子供でもなく、浅薄な付き合いでもない。

その場は当然軽く流して、再度思い出話に花を咲かせた。

だが、彼の言葉は、しばらく私の心に引っかかり、ぽつりと影を落とすこととなる。

 

 

 

ゲームにおいて生まれる義務感・責任感とは、一体なんなのだろうか。

 

 

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かつてゲームが単なる私的娯楽の範疇であった頃。

基本的に、それは”一人の世界”で遊ぶものであった。

精々、友人との遊び方を考える程度で、要求される社会性は従来の遊びとさほど変わりないものだっただろう。

 

少なくとも私は、この”一人の世界”が心地良かった。

『自分が決めたタイトル、自分の決めたルール。』

煩わしい人間関係に悩まされることもなく、適度な達成感を得ることができたから。

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次第に、世界にインターネットが普及し始めた。

徐々に”一人の世界”で遊ぶゲームは”集団の世界”で遊ぶものに昇華されていった。

ネットゲーマーには、集団に適応する程度の社会性が求められるようになっていった。

 

少なくとも私は、この”集団の世界”の社会性、それに伴う義務感を背負うことによって、

他人に認められたいと努力し、何かに本気になり、何かを学んできた気がする。

”一人の世界”にいた世間知らずの境遇故、時に人とぶつかり、いがみ合うことになろうとも。

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さらにプロゲーマー、e-Sportsという概念が誕生して以来、

ゲームのトッププレイヤーとしての社会性は大きく広がりを見せた。

と同時に、その世界を志す者達には、より多くの人格的要素が求められるようになった。

 

少なくとも私は、様々な傷痕を残しながらも、ぷよぷよにおいて一廉の実力者と認知されるようになっていった。

今更ながら、言動に着視される頻度が上がるにつれて、規範であるように心がける頻度も増えた。

自分の積み重ねてきた努力が、更なる大きなステージで認められることは、何よりも嬉しいことだったから。

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ここに挙げた話は、公私に関しての話にも通ずる内容である。

「私」でやってきたことが、いつの間にか段階的に「公」のサイドへ移っていた。

社会性、ひいては義務感・責任感の正体とは、ゲームが発達してきた歴史、ゲーマーが成熟してきた証そのものであった。

 

しかし。

 

実際には、大半のゲームは生計を立てるような仕事に成り得ない。

 

ゲームの社会性のしがらみに囚われ続けて行き着く先が、ささやかな名声のみに過ぎないことを多くのゲーマーは察し始める。

一部培ってきた社会性に感謝しながらも、自らが生きるための手段を探さなければならない。

では、その手段を見つけた後、各々のゲームとの付き合い方はどうすることになるのか。

 

 

………

「ゲームなんだから、やりたくないときはやらなきゃいいじゃないですか」

ぽつり、影がよぎる。 

 

 

その言葉を受けて、

(そんなに無責任なことを言うな)という感想は、中途半端に夢を見てきた自分。

(そりゃ当然だしそうあるべきだ)という感想は、中途半端に現実を見てきた自分。

 

そして、それらの表層の感想の奥には、

(これからゲームに関わることで、誰かに何かを糧にしてほしい、次の夢を託したい)と思う自分がそこにいた。

 

自分がゲームを通じてたくさんのものを得てきたように、

次の誰かにもその経験を糧にしてもらいたいという気持ち。

ゲームが発達してきた歴史を繋いで、今まで成し得なかった大きな舞台やシステムを用意してきたように、

次の誰かにはその夢を現実にしてもらいたいという気持ち。

 

 

この二つの気持ちが未だ生み出す、ゲームに対しての義務感と責任感。

それらについて、自分が満足する結果を得ずに逃避することは、おそらくは自分に対しての裏切りなのだろうと。

そう、考える。

 

即ちこれは、『自分が決めたタイトル、自分の決めたルール。』

少なくとも私は、私の中の”一人の世界”に対して、まだ妥協したくないと思う根っからのゲーマーであるがゆえに。

まだ、ゲームという分野に対しても何かを成したいのかもしれない。

 

 

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昨今においてゲームという言葉と世界は、あまりにも広義になりすぎてしまった。

新たにe-Sportsという括りを設けてもなお、境界の揺らぐ一般層での意識差は抑えきれていない。

 

圧倒的な実力はあるが、”一人の世界”の人間に対して、勝手に周囲が社会性を要求したり、

逆に、”一人の世界”の感覚のままのプレイヤーが、社会性の必要な場に単身飛びこんで火傷を負ったり。

 

当人がゲームの世界で何を目指すのか、どうありたいのか、どうあるべきなのかを度外視することなく、

周囲が適切に配慮、時には指導できる仕組み作りが今後必要なのではないかと、切に思う。

 

 

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「ゲームなんだから、やりたくないときはやらなきゃいいじゃないですか」

そう私に言葉をかけた彼は今、ゲームに対し、ランカーという立ち位置に縛られることのない別分野で、

しがらみから脱した”一人の世界”でゲーム本来の楽しみ方を模索している。

それはそれでまたゲーマーとしての、本来あるべき姿……なのかもしれない。

【ぷよぷよコラム】凝視には静的凝視と動的凝視があるという話

ぷよぷよの技術に関する話です。

 

とりあえず単刀直入に。

・静的凝視……相手のフィールドを瞬間的に切り取って記憶し、認識材料とする凝視。

・動的凝視……相手のフィールドの動きを実際に確認しながら、認識材料とする凝視。

 

単純に考えると、

普段自陣を組みながら相手をチラ見してなんとなく連鎖形を把握しているのが静的凝視(イメージはスクショ)、

相手のフィールドに動きがあった時に手を止めて連鎖数や狙いを予想するのが動的凝視(イメージはビデオ)。

 

大まかにメリット・デメリットを挙げると、

・静的凝視

→メリット:短時間で済む、頻度と思考回転数を上げることによって動的凝視に近い精度を得られる

→デメリット:脳にスタック領域を必要とするので情報整理のための負荷が大きい、認識ミスが起きやすい

・動的凝視

→メリット:確実に相手の動きを把握できる。相手が次取る手の狙いや、戦術傾向を掴むなど、発展の要素が強い

→デメリット:手を止めなければまず確認できない。対峙中は特に手数損を招いたり、自陣が疎かになったりする。また、相手にも凝視していることがバレる

 

 

さて、概念を整理したところでこれがわかってどうなるのか。

ここで振り返ってもらいたいのは、自身のプレイスタイルとその時々の凝視の質は合致してますか?という部分。

 

例えば僕の場合。

主に使っているのが変化系(状況問わず手の変化性を保持するスタイル)だったり、

強化系(とにかくでかい本線を組んで打てば勝てるスタイル)や

放出系(マルチ催促や本体追い打ちなどでリソース有利を取ってゴリ押すスタイル)を混ぜたりするのですが、

基本的に先手を取るパターンが多いです。

 

なので僕は気を抜いてる時の対戦の自由時間(互いに連鎖していない状況)はほとんど静的凝視しかしていません。

これはなぜかというと、動的凝視がとにかく時間を食うからです。

先手を取り、時間有利を取り、判断時間を削り、ミスを誘い、リソース有利に持ち込み…という流れの中に、動的凝視を挟むタイミングがなかなかありません。(自分の連鎖中を除く)

 

ですが、俗に上手い人と呼ばれるタイプの人たちは必ずと言っていいほど自由時間に動的凝視を挟んできます。

これは、”対応を中心に据える戦い方”のような後手に回るスタイルと、動的凝視の特徴が一致しているからです。

ただしこの考え方は、静的凝視を重ねる中で「自陣が相手の攻撃を受けきれる状況」という判断をどこかに挟まなければいけないので、どうしても難易度は高いです。

 

ここらへんの考え方を、文章化はしていなくとも上級者の大半は感覚で持っています。

と同時に、思考の読み合い、裏取りをする余地が生まれます。

 

特に圧倒的にプレイ傾向が際立っているプレイヤーの場合、

「momokenが今、動的凝視しているから攻めても刺さらない」

「Tomが静的凝視だけで先手取ってきたからこちらの詰み筋を読まれた」

みたいな先入観で判断してしまいがちですが、

自陣がやばい状況なのをイメージでごまかしているパターンというのも思ったよりか結構あります。

ここで挙げた動きや特徴だけで判断せず、きちんと場況で判断しましょう。

 

 

まとめ

・攻めは静的凝視で素早く押し切る!

・守りは動的凝視でミスなく確実に!

・動きの先入観に捉われすぎない!

 

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何が言いたいかっていうと、最近将棋を勉強しているんですよ。

近々だと受けの考え方がなんとなくわかってきたところで、

「自玉が絶対詰まない状況で必至かければ勝ち」とか、

「劣勢になったら難局化させて紛れを狙う」とか、

あーこれぷよぷよに似てるなあみたいな再発見がところどころあって、面白さを感じてます。

 

ぷよぷよは、将棋に似てたり、麻雀に似てたり、カードゲームに似てたり、相変わらずよくわからないゲームです。

おしまい。

近況と心境

こんにちは、堀部孝昌です。

 

一月に一回くらいは更新したいんですが、切羽詰って書くこともこれと言ってないんですよね。

 

とりあえず近況としては、ぷよぷよクロニクルA級リーグの各ブロックリーグが終了しました。

私の参加したAブロックでの成績は、4勝2敗で3位。

各ブロックの上位2名がS級リーグ進出ということですので、

無事S級とA級の間に陣取る門番となりました。

ものは言いようです。

 

7月あたりからS級リーグをやるそうなのですが、

実況解説のお誘いがありましたので久々に喋らさせていただくことになるかと思います。

その節はどうぞよろしくお願いします。

 

大真面目に他人の試合に対して喋るのは本当に久しぶりで、

オフラインだと第2回ぷよテト交流会決勝、オンラインだと統一王座戦のぐっくるももけん戦以来ですね。

結構喋ってる途中に頭真っ白になって固まったりすると思うので、

どうかそこらへんは大目に見てください。

 

実況解説の中身の話をちょっとだけ。

1人で喋り倒すよりも2人で実況解説をやる方が実は意外と難しいです。

前段階でざっと分担を決めておかないとどっちかが喋るだけの展開になりがちです。

事前にある程度役割を分けていたとしても、

実況側は解説が返答に困らない話の振り方を考えなければいけませんし、解説側は端的に解説を切り上げる要約能力が求められます。

互いが互いの話し方を知ってないと噛み合わない展開になることも珍しくないです。

 

もう一つ難しい点が、TPOについて。

中立の立場かつ、選手を貶めないように、なおかつユーモアに富んで、となると

当然発言のひとつひとつにバランスをとる能力が求められます。

先にも挙げたように僕は頭の回転がそこまで早い方だと思っていないので、

界隈に入り始めた頃に比べると、最近は喋る役回りを遠慮する傾向になりつつありました。

気を抜くとすぐナチュラルディスが飛び出してしまうんですよね。申し訳ありません。

 

まあ、そこまでガッチガチの場でもないと伺ってますので、

多少はおふざけも混ぜるかもしれないですが。

もういい大人ですので、視聴してる方々や選手が不快にならない程度に、善処させていただきます。

 

あとは、立川杯に参加させていただきました。

しばかずとせるばと獺祭を飲みました。

 

という近況でした。

 

 

対して心境としては、なんか最近菩薩になったなあという感想しか出てこないです。

 

A級にしても、負けて悔しい!という気持ちも当然あるのですが、妥当な結果と思う自分がそれを抑えている感じです。

あいりちゃんにしても、以前から状況判断速度と精度、試合運びに関しては明らかに彼の方が平均値高かったですし、

まっきーくんにしても、彼の成長速度が凄まじかったのと本番で私の汚い小手先対策をきちんと上回ってきたあたり認めざるを得ません。

 

今回のぷよクロリーグ戦において私が考えてた一つのテーマとして、

「今までの先入観による評価ではなく、この機種この時節で最も強い人間の評価」が根底にあったので、

私をちょっとした障壁として、正しく凌駕して正しく結果を残してくれたことにはうれしさすら感じます。

 

先程菩薩と言いましたが、実際のところ、

正しく実績を残そうとしない動き、人を小馬鹿にするような態度に関しては恥ずかしながら相変わらず沸点が低いです。

ただ、その感情をむやみやたらに人に押しつけることは少なくなったと思っています。

 

じゃあどこで言う言わないの判断基準を設けているかというと……

これ以降の文章も長々と書いたんですが、なんか推敲してると昔語りやらなんやらで

物凄く冗長な気がしてきたので酒の席ででもということで。

気になる人は直接会った時にでも聞いてみてください。

 

心象を言葉で全部書いちゃうのは物書きとしては三流だよって天の目から睨まれている。

という心境でした。

 

 

これからは、ちょっと気分転換にまたACを触ったりもします。

(メインがぷよクロなのは変わりありませんが)

奇遇にもお会いすることがありましたら、その時はよろしくお願いします。

第一回【読みの一手】解答・解説

こんにちはこんばんは。りべです。

今日は新しい試みを一つ、Twitterで投げかけてみました。

 

 

 momoken流「次の一手」Tomの「俺の一手」のパクリ…

なようでちょっとだけ趣旨は違います。

 

なんだか出題形式に見覚えがないでしょうか。

 

そう、アレです。現代文のテストでもこの形式だと理科社会の方が近いか

作者の気持ちや登場人物の気持ちを紐解く情緒あふるる教科です。

そいつになぞらえて、今回は『相手が何をしたいか、相手から何を読めるか』を主眼に置いた【読みの一手】を出題させていただきました。

ぷよぷよテトリスSのPVでもぷよぷよは…実は心理戦なんですよ」って言ってた私が監修するので内容も間違いないはずです。

 

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ぷよぷよクロニクルA級リーグと『公私』の話


出場します。

主催のぴぽにあくんとPVを作成していただいたみとさんには頭が下がる思いです。

本当にありがとうございます。



かつて『公』の大会とは、物事に本気で取り組んでいる人達にとっての憧れのステージでした。

コンパイル時代のマスターズ然り、ACのS級リーグ然り、Redbull5G然り。

それが憧れたり得たのは、本気な人達が集って『公』の場を作っていたからです。


2017年、ぷよぷよに『公』の属性を持った大会の開催予定は、今のところありません。



特に前々年度で立ち消えてしまったACのS級リーグは、未だに開催を望む声が見受けられます。

本気と本気のぶつかり合い。ハイレベルな応酬。

年に一度の特別感。プレイヤー自身への期待。

そういうものは、きっとスポーツ中継を見ているのと似たようなもので、眺めるだけでも心地いいのでしょう。



前年度、列強争覇戦というイベントがありました。

もともと、店舗対抗戦とかいうそのまんまの名前だったのですが

大会が『公』の属性を少しでも持ってほしいと思って、僕が少しカッコつけて命名しました。

その後も、堅苦しく、時にはうざったく感じるくらいに”権威ある”大会の雰囲気作りをしようと試みていました。


結果としては、イベント自体は成功と言える部類だったと思いますが、『公』の権威付けはできませんでした。

運営も、参加者も、大元のコンセプトの認識が『私』だったためです。

この状況では、勝手に場にそぐわない行動をしていただけで、周囲に迷惑をかけていたのは完全に僕の方でした。

以降、僕はイベントや大会の『公私』の比重をより強く意識することとなります。


『私』でやっているイベントでは、”本気でやる”なんて意識を統一できるわけでもなく、人への強制力もありません。

今界隈に足りない『公』を補いたい僕としては、いい加減な取り組み方をしている人を見るたびに眉をひそめるのですが、

『私』的なイベントは、窓口が緩くて参加しやすかったり、無理に気を張ることもないでしょうし、良い側面も多く含んでいます。

そもそもこうやってごちゃごちゃ言ってる僕でさえも、遅刻なりなんなりのやらかしを何度もしてきて、

その度に平謝りして、周囲の方達の『私』によるお許しを受けています。(本当にごめんなさい)



今回のぷよぷよクロニクルA級リーグについても、きっと同じことだと思うんです。

ぴぽにあくんがずっとA級の門番をしていた姿だったり、みとさんが見返りもなくPVを製作してくれたりっていうところは、

”新たに『公』の場ができてほしい”というような思い入れがあるように感じました。

二人とも、本気で取り組んでいるように僕の目には映りましたから。


でも、ぴぽにあくんが個人単位での頑張り、『私』で培ってきたイベントには変わりない。

だからきっと立場的に、周りに何か思うところがあったとしても、あまり強い物言いもできないと思うんです。

もし彼のやっていることに賛同したり、感謝したりしている部分があるのならば、

大会を円滑に進めるためにも、率先して慮ってあげてください。

僕ももちろん、そのつもりでいます。



偶然にも、数少ない『公』のタイトルを頂戴している僕としては、

本来の『公』で在るべき大会(公式大会)の類が今後あるのかどうか、たまに細山田Pに伺ったりすることもあります。

今のところ、色よい返事はいただけておりません。


実際のところ、保証もなしに開催しますとは言えないでしょうし、

保証があったとしてもしばらくは秘密にしておくでしょうし、

僕にそれを話したとしたら僕が秘密にするでしょうし、

ここに書くにはあんまり意味のない質問ではあるのですが。



それでも、少なくとも僕は今後の『公』の場を作るためのことなら、なんでも協力したい気持ちでいます。

憧れのステージのない世界では、きっと上を目指す人も少なくなってしまうだろうから。


僕が憧れたり得る人物像かどうかは甚だ疑問の余地が残るけれど、

その姿勢を見せ続けることで、『公』な人が増えてくれることに意味があると信じています。

もうしばらく、頑張らせてください。

よろしくお願いします。

ぷよぷよと『念能力』

冨樫義博の「HUNTER×HUNTER」という作品を読んだことがあるだろうか。

 

作中における「ハンター」と呼ばれる資格を持つ者達が、
『念能力』と呼ばれる特殊な力を駆使して戦う、そんな感じの作品だ。

 

『念能力』とは、人間だれしもが持っているオーラとよばれる生命エネルギーを、自在に操る能力のことである。

彼らが持つ能力は様々だ。

そして彼らが『念能力』に目覚める共通したきっかけは、強いイメージ過酷な鍛錬

 

心当たりはないだろうか。

ぷよぷよの上位プレイヤーも、この二要素を満たしているということに。

 

あまりにも非現実的な話だとは思うが心して聞いてほしい。

物語の中の彼らと同様に、
ぷよぷよを愛する者達、
ぷよぷよに生きている者達もまた、
『念能力』に目覚めているのだ。

 

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